働き方コンサルタントの日誌から

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36歳で大規模シェアハウスに住んだら、カナダ人の彼女に出会い国際結婚しました

こんにちは、あるきかた( @archikata )です。
今日は働き方の記事ではなく、一昨日に入籍をしたので、報告も兼ねて記事をかくことにしました。

お相手は、大規模シェアハウスで出会った台湾系のカナダ人の方です。

大規模シェアハウスってどんなところなの?

私たちは、ワールドネイバーズ護国寺という大型シェアハウスで出会いました。180人もいる大型のシェアハウスで、都内でも有数の規模のシェアハウスでした。

シェアハウスのオープニングメンバーは家族みたいなつきあいができて、非常に密度の濃い人間関係の場でした。

僕は当時、建築系のライターとしてシェアハウスの特集なんかを企画していたので、シェアハウスの情報をいろいろと持っていました。

ふらふらしている知人が、東京で住む場所を探していたので、この運営会社の情報を知らせて、内覧会に同行したのがきっかけでした。

単純にたくさんの人間が住むシェアハウスが面白そうだったので申し込んだのですが、「ワールド」という言葉はなんか小洒落たマンション名くらいな認識でしかありませんでした。

入居を申し込んだときは、外国人と結婚することになるなんて想定もしていませんでした。

シェアハウスでの出会いは?

後に結婚相手となる彼女は、1ヶ月遅れでこのシェアハウスにやってきました。台湾系のカナダ人である彼女は、ワーキングホリデーで日本にやってきました。

「なんでこのシェアハウスにしたの?」という質問に、外国人の審査がゆるかったからだそうです。

僕はフリーランスで受託先に行ったり行かなかったりで、彼女はワーホリでヒマしていたので、日中一緒に出かけたりしていました。

お互いSNSに出かけた先の写真をアップしたら、あの二人は怪しいとシェアハウス内にあっという間に噂が広まりました。

この時は、そもそも「つきあう」という習慣が日本以外にはあまりないので、いわゆる「デーティング」というお互いを知るお試し期間という感覚だったのだと思いますが、この時はシェアハウスって、けっこう面倒くさいかもと思いました。

黙っていてもどうせいろいろ言われているので、つき合って数週間でつき合っていることをオープンにして、シェアハウス公認のカップルとなりました。同居人同士の最初のカップルでした。

シェアハウスで交際は、距離の縮まるのが早い

同じ場所に住んでいるけど、同棲ではないというつきあい方は、とても安心できるものでした。シェアハウスでの交際は、自分と相手だけでなく、まわりのシェアメイトとの関係もみることができますし、相手も見ています。

彼女の好きなところはたくさんありますが、とても密度の濃いつきあいで、隣にいるのが自然に感じるまで時間はそうかかりませんでした。

社会人で、知人の紹介などのきっかけでつきあい始めて、週1回デートするというのとは違った関係性ができていくように感じました。

リビングで毎日顔を合わせますし、お互いの部屋を行き来することもあるし、ケンカしたときはそれぞれ違う場所でクールダウンする時間をとることもできます。

社会人の週1回のデートを毎日しているのが、シェアハウスでの恋愛なんだと思います。距離の縮まり方が早いので、結果を出したい方にもオススメです。

つきあってから3年半、何してたの?

このシェアハウスは非常に交際率が高く、後にいろんなカップルが生まれました。

シェアハウスでは部屋は別ですが、生活のなかの姿勢や価値観がよく伝わるのでわりと短期間で結婚にいたるカップルが多かったように感じました。

合コンするよりもシェアハウスに住む方が、前向きなつきあいが生まれるのでオススメです。

私たちより後につき合ったカップルが早々と結婚を決めていくなか、私たちは何をしていたのかというと…。

起業・複業で結婚のプロジェクトが後回しになった

シェアハウスには出会い以外にも、仕事面で刺激をもらえる場所でした。当時受託メインのフリーランスとして行き詰まりを感じ、方向性を模索していました。

シェアメイトにアドバイスを貰いながら、起業に踏みきることになりました。

複業中の起業だったため、生活が破綻しかけました。

起業の最初の2年間ははじめてのことばかりで、なかなか自分の時間を作ることができませんでした。売上は確保できているものの、継続性の見込まではたっていませんでしたので、先の事を考えられる状態になれなかったというのもありました。

彼女が網膜剥離になった

一緒に暮らしはじめて最初の年に、彼女が網膜剥離になりました。

朝起きると「なんか視界が欠けてる」と言って、冷静ながら緊急だと訴えていたのをよく覚えています。網膜剥離になるかもしれないという自覚症状はあったそうなので、病名が特定できたので初動は楽でした。

ただ、日本になじみの病院がなかったので、急遽病院を探すことになりました。有名な病院に行ったにもかかわらず、最初の手術に失敗して、長い闘病生活がはじまりました。

検査して手術説明を受け、手術をし、1週間弱入院する。こんな暮らしが繰り返されるようになりました。

自分には近くに家族がいるけど、相方には助けてもらえる家族がこの国にはいないんだよな。海外で暮らすって、不安だよなと感じました。

入院中には元シェアメイトにもたくさんの励ましをいただきました。

仕事の合間に病院に通ったり、思うように回復せずに仕事に穴をたびたび空けてしまい、かと言って当事者はもっと大変なわけでしんどいとも言えず、けっこう気が参っていました。

お見舞いに来てくれたシェアメイトと話している時に、「私たちはどこにいても家族だから」という言葉をかけてもらって、本当に救われた気がしました。

この時、励ましてもらったシェアメイトに、結婚の証人もお願いしました。この方には人生の先輩として要所要所で本当に助けていただきました。

まだ、眼は完治していないですが、今後もゆっくりとつき合っていきたいと思っています。

これからどうするの?

手続きにいろいろと時間がかかりましたが、入籍はプロセスの1つでしかありません。これからどうするかという問題があります。結婚すること自体に迷いはなかったのですが、やっぱりバックグラウンドが違うと将来的には課題が山積みです。

結婚式をどこでやるか問題

目下のところ一番の課題です。
親族だけで簡単に済ませばいいんじゃないの?といいたいところですが…。

お互いの親族の状況を確認してみると。

彼女の祖母は台湾。母はカナダ。叔父・叔母はオーストラリアシンガポールアメリカに移民しているので、バラバラに住んでいます。

私の場合は、妹夫婦もやはり国際結婚していてアメリカ在住、叔父さん家族はフランスでくらしています。

親族でひっそりやるのですら、アジア、北米、ヨーロッパと地理的な壁があります。

中間地点はハワイかなとも思って検討していたのですが、僕が研究のためシリアに入国歴があり、アメリカには入国できない(しにくい)状態です。この規定、いつまで続くんでしょうか…。

国際結婚における生活の拠点はどうする?

ふたりが出会った場所は日本ですが、ずっと日本にいるかは決まっているわけではないですよね。

3年半一緒にくらしてきて、日本という国は、決して相方にとっては住みやすい国ではないのだろうなと感じています。役所なんかの手続きは外国語対応しておらず、複雑な申請はやはり面倒な環境にあるように感じます。

日本人としては複雑な気持ちがないわけではないのですが、僕自身も海外でリサーチしたり、50~60ヵ国を旅してきて、働いて暮らすという部分については、日本は必ずしも恵まれた国ではないと思うからです。

ただ、自分のスキルセットが日本でできることに特化しつつあって、日本で起業したビジネスオーナーとしても、将来的になにができるのかはちょっと妙案が思い浮かばないなと感じています。

けれど、そもそも5年前に複業をはじめたときに、複業で複数の会社を行き来することロールモデルなんてほとんどありませんでした。

今回の国際結婚に関してもこれまでとは違う働き方を確立するチャンスなのかもしれないと感じています。面白いことが見つかるかもしれないというポジティブな気分でいます。

来月(7月)バンクーバーに行ってきます

相方が育った街を実際におとずれてみて、自分が何かできる可能性があるのかじっくり考えてみたいなと考えています。

いまはクライアントともオンラインのやり取りで完結する相手も多いので、普通に現地で今やっている仕事もしてみようと思っています。

バンクーバーのオススメの見どころやコワーキングスペースがあれば、ぜひ教えてください。

なにはともあれ、1つの区切りがついて、これからは面白い組み合わせの夫婦として頑張っていきたいと思っています。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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